超電導モーター搭載の液化水素ポンプで
世の中を驚かしたい。
2021年、酉島製作所と京都大学 工学研究科 中村武恒特定教授は、高温超電導モーターを搭載した世界初となる大流量・高効率の液化水素ポンプの開発に着手。2024年3月に国立研究開発法人 宇宙研究開発機構(JAXA)の能代ロケット実験場(秋田県)で、液化水素実液を用いた運転試験を実施、その運転試験に成功しました。
今回、この画期的な開発の裏側に迫るドキュメンタリー動画の制作をきっかけに、京都大学 の中村先生と酉島製作所の研究開発部長である三浦の特別対談が実現。開発の苦労や、運転試験当日の緊張感、液化水素ポンプが切り拓く未来ヘの期待について、語っていただきました。
Cutting-Edge Technology Collaboration

京都大学 特定教授
中村 武恒
主として、電気-機械エネルギー変換の第一原理的研究、常電導および超電導回転機に関する基礎研究と車載他システム応用に関する研究開発に従事。電気学会、IEEE、低温工学・超電導学会、応用物理学会、自動車技術会各会員。
1998年3月 | 九州大学 大学院システム情報科学研究科 電気電子システム工学専攻 博士後期課程修了 (博士(工学)) |
1998年4月 | 京都大学 大学院工学研究科電気工学専攻(工学部電気電子工学科兼担) 助手 |
現在 | 京都大学 大学院工学研究科電気工学専攻 特定教授 (公財)応用科学研究所 招聘研究員 (兼任) 京都先端科学大学工学部 非常勤客員教授 (兼任) |
Expert
Talk


酉島製作所 研究開発部長
三浦 知仁
頑固者と自認。フレキシビリティを持つことを常に自分に言い聞かせている。最近はそれが製品開発に少しずつ活かされていると感じている。開発した製品や技術には愛着があり、自分の子どものような存在で、子どもが社会で活躍することが一番の幸せ。
2008年4月 | 株式会社酉島製作所 入社 |
2008年6月 | 同社研究開発部配属 |
2020年4月 | 同社研究開発部長 |
2025年4月 | 同社執行役員、研究開発部長 |
01
液化水素ポンプ開発のはじまり
三浦

とはいえ、我々は「水」しか扱ったことがなく、液体水素の温度であるマイナス253度がどのような世界かも、どういった物性を持っているかも知りませんでした。そのため、何から手をつけていいのかまったく分かりませんでした。
それまでは、自分たちのリソースで開発できるものが多かったので、今まではとはまったく違うスタイルでやらなければならないところが、一番苦労しました。また、ゴールがなかなかイメージできなかったのも苦しかったですね。
02
液化水素ポンプ開発を導いた「超電導」との出会い
三浦

中村
そうでしたね。
三浦
とりあえずモーターや、開発に関わっている社員全員で、中村先生のもとを訪ねたのが始まりですが、そこで、中村先生に一緒にやっていただけるように、「このポンプで、カーボンニュートラル達成に貢献するぞ!」という液体水素ポンプにかけるトリシマの熱い想いを伝えながら、説明させていただきました。
中村

超電導モーターは、大学側からするとアカデミックには素晴らしいモーターだと思っているのでぜひ使っていただきたい気持ちではあるのですが、いきなり実用するのはリスクがあるので、通常であれば、企業側が「まずは小さいプロトタイプから作りましょう」とおっしゃります。ところが、三浦部長はいきなり「実用のモーターをやってみたい」とおっしゃり、逆に大学側の我々が、「ちょっと待ってください」とブレーキをかけるような状況だったかと記憶しています。
液体水素は、マイナス253度という想像もつかないほどとても冷たい液体です。超電導モーターは、そのような冷たい世界に置くことで性能が発揮できるモーターです。多くの超電導の研究者は、「液体水素で冷やしたら?」ってみんな言っています。しかし、液体水素は危険なので、なかなか試験に進むところまではいかないですね。さらに、その先の実用化となると、まったく我々はノーアイデアでした。
そのような中で、トリシマさんとの出会いがあり、ポンプ開発に取り組むことになり、しかもプロトタイプも作らず、いきなり実用化をめざすという挑戦には、かなり痺れましたね。
三浦
おっしゃる通り、小さいモーターサイズから始めるほうが、ステップとしては無難だという意見も社内ではあったのですが、私たちにはその当時、一つの「焦り」というものがありました。それは国内の競合メーカーさんが、液化水素ポンプの開発では一歩も二歩も前を走られていたことです。その遅れを一気にキャッチアップするためには、やはり実用レベルのサイズで、液化水素ポンプを完成させる必要があると考えていました。
中村先生といろいろなお話しをさせていただく中で、「この先生と一緒なら、いきなり実用的なサイズのモーターであっても、できるんじゃないか」と感じるものがあったんです。
それで、思い切ってやろう、もう失敗したってもええがなと、という気持ちになりました。誰もやったことがないような話なので、挑戦するだけでも価値がある、それならやってみようという想いでした。
中村先生といろいろなお話しをさせていただく中で、「この先生と一緒なら、いきなり実用的なサイズのモーターであっても、できるんじゃないか」と感じるものがあったんです。
それで、思い切ってやろう、もう失敗したってもええがなと、という気持ちになりました。誰もやったことがないような話なので、挑戦するだけでも価値がある、それならやってみようという想いでした。
中村
私たちは研究費を稼ぐため、ハッタリをかますのも仕事なのですが、三浦部長をはじめ皆さんが、とても情熱をもたれているのを見て、いつものようにハッタリをいうのもどうかと思い、少し躊躇したんです(笑)。でも、すでに時遅しで、話がどんどん進んでいき、私も「これはいいものを作らなきゃ」と覚悟を決めました。
三浦
本当に「ありがとうございます」としか言いようがないです。
中村
大英断だと思います。
03
超電導モーターとは?
中村

我々の実績でいうと、100のエネルギーを入れたら99以上が出てくる。それと、とても小さな容積で、とても強い力を発揮することができます。
さらに、トリシマさんと一緒に開発している我々のモーターの特徴は、とても「賢い」ということです。モーターは、非常に大きな力がかかると振動が起きてガタガタと回ってしまい危険な状態になるのですが、我々の超電導モーターは、その振動エネルギーを吸収して、静かに回ることができます。
こうした特徴を活かして、今回のポンプ開発が上手くいったと思います。ただし、この技術はすべてのモーターに使えるわけなく、非常に冷たい世界での現象です。そういう意味では、液化水素ポンプの極低温の世界に、ちょうどマッチしたということです。
04
JAXAでの大流量液化水素ポンプの運転試験
中村

やはり終わるのかと思っていましたが、「試験をやるんだ」と、それには驚きました。トラブルはかなり深刻でしたし、世界で初めての開発ですからどうなるかまったく分からない状況でしたし・・・。最終的に三浦部長が「私が責任を取るから」と英断を下し、試験が実施されました。あのとき若手の方々はずっと徹夜でデータ解析されたんですよね。
三浦
そうですね。
中村
トラブルが発生し、「この先どうなるんだろう」「その先に進むとどうなるんだろう」というのは、世界中誰も知らないような瞬間でした。そのとき、三浦部長の顔を一瞬見たんですが、まったく顔色を変えることなく・・・、あの場面で顔色が変わっていたら、若い人たちはきっとビクビクしてしまい、試験は中止していたかもしれません。しかし、みんな三浦部長のことを信頼して、進んだ結果、世界初となる試験の成果が得られたと思います。
あの瞬間は感動ですよね。
あの瞬間は感動ですよね。
三浦
そうですね。その一言ですね。
中村
あの一瞬に言葉はいらないと思います。
三浦
本当に中村先生がおっしゃるように、どういう言葉を当てていいかも分からないような瞬間でした。あのとき私が試験続行を決断できたのは、本社のみんなの後押しがあったのと同時に、中村先生がその場にいてくださり、超電導モーターの起動の部分などをしっかり見ていただいていたというところ、そして、トラブルの原因もスタッフが夜通しで検証してくれて把握ができていたので、「これは絶対にクリアできる」という確信がありました。やはり、技術的な背景がしっかりあったというのが大きかったなと感じています。あの瞬間は、勢いだけでなく、精神的な面と技術的な面の両方が揃ったのだと思います。


05
京都大学×酉島製作所の共同開発について
三浦
我々は、中村先生には非常にお世話になりました。トリシマから研究開発部員を中村先生の研究室に派遣し、直接、設計開発や研究の手解きを受けながら、目標仕様を満たすためのモーター設計を進めさせていただきました。多くの試行錯誤がありましたが、その都度、我々の素人丸出しの質問にも、非常に丁寧に答えていただきました。
また、研究や開発に対する姿勢とか考え方も、私たちにとっては非常に勉強になり、開発以外の部分でも心から感謝しています。
また、研究や開発に対する姿勢とか考え方も、私たちにとっては非常に勉強になり、開発以外の部分でも心から感謝しています。
中村
ありがとうございます。開発にあたっては、トリシマさんの若手の優秀な方々をつけていただきました。一つひとつ非常に丁寧に進められていたことが印象的でした。三浦部長や原田CEOの哲学が、若い方にしっかり受け継がれているのだと思いますが、とても情熱的でしたね。まだ開発は続きますが、とてもいい会社の方と一緒に取り組むことができて、良い経験になったと思います。
三浦

また、中村先生は本当に人柄が良く、我々のたいして面白くない冗談なんかにも反応していただくなど、とても気さくに接していただいています。
初めてお会いしたときは、私もすごく緊張していましたが、今では同じ研究開発の「仲間」という言い方は少し失礼かもしれませんが、そういった気持ちになることができました。本当に今までの道のりというのは良かったと感じていますし、これからもこの関係を大切に続けていきたいと思っています。
06
開発メンバーへの想い
三浦
やはり我々は企業ですから、競争の中で開発を進めていかなれければなりません。そうなると、どうしてもスケジュールの問題が出てきます。より早く、より良いものを世の中に送り出すために、開発期間の短期化は避けられません。したがって、開発スタッフのメンバーは、そのプレッシャーの中でもかなり苦しんでいると思います。そのような姿も私は見てきています。JAXAでの試験では、ものづくりの工程や現地設備の建設、天候的な問題など、当然アクシデントもあります。どうしても、スケジュールが厳しくなることがあり、そのような管理も研究開発部で行っていますので、技術的な面以外にも相当な苦労を重ねています。当然、同じように私も苦労しました。だからこそ、JAXAでの試験成功の瞬間を思い出すと、まず一言目に出るのは、「ありがとう」という言葉ですね。
中村
もう、本当に敬意しかありません。私が関わっているのは私より年の若い方ですが、皆さん本当に頑張られますね。もちろん企業の研究開発ですから、会社のためにということで、大学みたいに必ずしも「知を蓄積する」という目的ではないとは思います。我々の大学でも、学生を育てているので、学問の中でいろんな感動を生ませようとしますが、「会社の研究開発の現場で、こんなに感動できることがあるのか」というのを、トリシマさんで初めて認識しました。本当に素晴らしいと思います。
今回の開発で、モーターの実用化にあたって技術の基本的なところはお使いただいているのですが、どちらかと言うともう「お嫁に出した」というような感覚です。最初の技術は渡しましたが、トリシマさんの若手の方が私の研究室で、ずっと詰めて設計開発をやられて、それをすべてトリシマのポンプ技術にマージして、全体のシステムを作り上げています。開発はもちろん、基本的な試験準備や試作などもすべて・・・、お膳立てだけして私は何か上げ膳据え膳で、JAXAに行って試験に立ち会っただけのようなイメージなんです。だから私のモーターというよりは、本当にトリシマの技術の一つになっていると思います。
超電導の研究者でも解析ベースの研究は多いものの、超電導モーターはなかなか作れるものではないんです。それをいきなり実用的なレベルで、JAXAで試験をするというのは本当にすごいことです。それだけの集中力をもって、開発をされたことに本当に敬意を表します。
今回の開発で、モーターの実用化にあたって技術の基本的なところはお使いただいているのですが、どちらかと言うともう「お嫁に出した」というような感覚です。最初の技術は渡しましたが、トリシマさんの若手の方が私の研究室で、ずっと詰めて設計開発をやられて、それをすべてトリシマのポンプ技術にマージして、全体のシステムを作り上げています。開発はもちろん、基本的な試験準備や試作などもすべて・・・、お膳立てだけして私は何か上げ膳据え膳で、JAXAに行って試験に立ち会っただけのようなイメージなんです。だから私のモーターというよりは、本当にトリシマの技術の一つになっていると思います。
超電導の研究者でも解析ベースの研究は多いものの、超電導モーターはなかなか作れるものではないんです。それをいきなり実用的なレベルで、JAXAで試験をするというのは本当にすごいことです。それだけの集中力をもって、開発をされたことに本当に敬意を表します。
三浦
やっぱり世の中を驚かしてやろう。いいもの作って驚かしてやろうと。それで、世の中を変えてやろうというところがやっぱりモチベーションとして大きいです。この先も変わらずかつもっと強固な関係性を築いて、開発を進めていきたいと考えています。


07
苦労した開発の中、喜びといえば?
三浦
喜びを感じたのは、やはりあのJAXAの瞬間ですね。我々の思いや、当然それを望むお客様など、いろいろな人の思いや期待を背負って、自分たちが設計、開発をして、こうなるだろう、こう動くだろう、こうなってほしい、と考えて表現したものが、思った通りに動いてくれた。それがやっぱり一番嬉しいです。もうそれに尽きると思います。
中村
そうですね、今まで長期間苦労して開発して、試作を重ね、最後にはトラブルもありましたが、実液運転試験の最後の約10分弱の時間、あれはすべての苦労が報われた瞬間でしたね。その瞬間のために研究開発をやっているといっても、過言ではないです。あの達成感はちょっと中毒になりますね。
三浦
なりますね。その経験を、これからも繰り返し味わえるようにやっていきたいです。


08
液化水素ポンプのこれからの役割
中村
これから水素社会をつくっていくにあたって、私たちは次の世代、あるいはそれ以降の世代に、きれいなエネルギーを残してあげなきゃいけないという思いがあります。石油や石炭などの化石燃料も、重要なエネルギー源ですが、少しずつ、水素のようなクリーンエネルギーに、シフトしていかなければなりません。今回トリシマさんの液化水素ポンプに超電導の技術を使ってもらうということで、水素社会の実現に向けて、少しだけでも関われたかなと思っています。
水素社会はもう後戻りはできないと思います。水素は液体の状態の方が圧倒的に輸送効率が高いので液化水素ポンプは、必ずあらゆる場所で必要になります。そのなかで、日本を代表するポンプメーカーの一つであるトリシマさんの液化水素ポンプの開発に関われたというのは非常にありがたいです。
水素社会はもう後戻りはできないと思います。水素は液体の状態の方が圧倒的に輸送効率が高いので液化水素ポンプは、必ずあらゆる場所で必要になります。そのなかで、日本を代表するポンプメーカーの一つであるトリシマさんの液化水素ポンプの開発に関われたというのは非常にありがたいです。
三浦

09
今後、液化水素ポンプの開発はどうなっていく?
中村
私が関わっているのはモーターの部分なので、その話になりますが、トリシマさんが本当に頑張られているので、我々の超電導モーターは性能が究極化しつつあります。効率はもうこれ以上は上がらないのでは?と思えるぐらいなのですが、トリシマの若手の方々は三浦部長から「さらに性能をあげよう」と尻を叩かれているようで、それで私がまた苦労すると(笑)。ただ、性能はまだ上がる余地があります。
しかも、これはアカデミックな話ではなく、実用レベルの話なんです。現在、トリシマさんが行っているのは、アカデミックの最先端で実用化して、そのレベルを横に置いて、さらに性能を究極化するということです。これは歴史的にもあまり例がないんじゃないかなと。そうした目標にとことん付き合っていこうと思っています。
しかも、これはアカデミックな話ではなく、実用レベルの話なんです。現在、トリシマさんが行っているのは、アカデミックの最先端で実用化して、そのレベルを横に置いて、さらに性能を究極化するということです。これは歴史的にもあまり例がないんじゃないかなと。そうした目標にとことん付き合っていこうと思っています。
三浦
究極の性能を持つ超電導モーターをポンプに搭載して、世の中に送り出していきます。私たちは、ユーザーのニーズがあるなかで製品開発を行っているのですが、「もっと高圧のポンプが欲しい」「もっと大流量のポンプが欲しい」といった要望や、メンテナンスに関する課題も出てきます。そのような顧客ニーズにどんどん応えつつ、パラレルで、モーターの性能も上げていく。このようにどんどん進化していくというのが今後の展望になります。
また、別の視点として、中村先生の超電導の技術は、モーターだけにとどまらず、他の分野にも活かせるのではないかというようなアイデアも出てきています。素晴らしい技術なので、ポンプに限らず、どんどん広めていきたいと考えていますし、その技術を用いて世の中を変えていきたいなと思っています。
また、別の視点として、中村先生の超電導の技術は、モーターだけにとどまらず、他の分野にも活かせるのではないかというようなアイデアも出てきています。素晴らしい技術なので、ポンプに限らず、どんどん広めていきたいと考えていますし、その技術を用いて世の中を変えていきたいなと思っています。

10
技術ドキュメントを動画で見る
対談動画

水素ポンプ開発ドキュメンタリ動画
