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酉島製作所 採用特設サイト トリシマポンプ
アラビア海の海水を真水に変えるプラントに、トリシマ極みのポンプを届ける
松本享明
大学院 流体工学専攻修了/2013年入社
研究開発部 研究開発二課

*職務および原稿は、2020年2月現在のものです。

入社4年目のターニングポイント。

長い社会人人生には必ず、あの仕事がなければ今の自分はない、というターニングポイントがある。真っただ中にいるときは、無我夢中で気づかないかもしれない。振り返ったときに初めて、乗り越えた山の大きさと、そこから見える景色の爽快さを知る。

「すべてを完璧にはできないし、実際、全然できていませんでした。ただ、目の前のことを一つずつ、がむしゃらにこなしていっただけです」。

2013年の入社以来、研究開発一筋にやってきた松本享明にとって、その仕事にかけた2年間は間違いなく、大きなターニングポイントだった。そしてそれは、これから10年、20年経ち、山の数こそ増えたとしても、最初に乗り越えた山としてずっと記憶に残るだろう。

その仕事とは、「新型ROポンプMHH」の開発。海水淡水化プラントでRO膜(逆浸透膜)に海水を供給する高圧多段ポンプ*で、プラントの要でありトリシマの主力製品の一つだ。トリシマは1970年代より、慢性的な水不足に悩む中東諸国を中心に、世界中の海水淡水化プラントに数多くのポンプを納めてきた。ところが2013年頃から市場の停滞もあり、同業他社との厳しい競走が続いた。そこで2016年4月、競争力を高めるべく、顧客ニーズに応える新製品開発チームが発足した。メンバーは6名。入社4年目の松本がリーダーに抜擢された。大学、大学院と流体工学を専攻し、入社後すぐに研究開発部に配属。いくつかの製品開発に携わり、一通りできるつもりでいた。ところが―。

「分らないことだらけ、できないことだらけで、先輩たちに助けてもらうばかり。自分でもびっくりするくらいダメでした。いま思うと、会社もよくやらせたなって思います(笑)」

会社としては、それまで羽根車(インペラ)の改良しかしていなかった松本を、製品開発のイチからすべてを経験させたい、一流の開発者に育てたい。それだけの期待を込めてのことだった。折しも社内では、R&MDといってResearch & Development(研究開発)にマーケティングのMを加えたコンセプトが打ち立てられていた。机上だけで考えるのではなく、実際にお客様のところに行って、お客さまの声を聞き、正確にニーズを把握する。そこからの出発だ。

*海水の塩分を抜く特殊なろ過膜。肉眼では見えないナノメートルの穴が無数にあいているため、高い圧力で海水を通さなければ水が通らず超高圧ポンプが求められる。

夜中の三時に、ふと目が覚める。

2016年6月には実際、顧客の声を聞きに、上司と一緒にシンガポールに飛んだ。お客様と、しかも英語で会議など初めての経験で「出る幕はなかった」が、得るものは大きかった。「強制給油装置ではなく、オイルリングにしてほしい」というニーズもダイレクトに聞いた。

一秒間に何十回と超高速回転するポンプは、軸受に大きな荷重がかかるため、焼付を起こさないよう潤滑油を注入する。方法は大別して二つ。一つが強制給油装置、もう一つがオイルリングだ。

「それぞれ仕様の適性やメリット、デメリットがあって、強制給油装置はモーター容量の大きいポンプ向き。安定性があり、焼付を起こしにくいけどコスト高。オイルリングは、シンプルでメンテナンスしやすく低コストだけど、モーター容量の大きいポンプには不向き」

今回開発するMHHは、モーター容量が大きくなるので強制給油装置が適しているが、顧客が求めているのは「シンプルで、メンテナンス性が高く、低コスト」。強制給油装置とオイルリングのいいとこどりだ。そんなものが簡単にできれば苦労はしない。が、そこに挑戦するのがトリシマのDNAである。「強制給油装置を排除した新たな軸受開発」が、今回の開発の大きなミッションの一つとなった。

「軸受の焼付を防ぐため、回転体に空冷ファンをつけて軸回りを冷やすことにしたんですが、そもそも本当に冷やせるのか、どのくらいの風速が必要か、すべてが手探り状態でした」

時間も予算も限られた中で、何度もシミュレーションを繰り返した。無意識でも仕事のことを考え続け、「夜中の三時にふと目が覚める」こともしばしばだった。設計手法が確立されておらず、社内に経験者もいなかったが、上司曰く「見た目はクールだけど中身は熱く、つねに一生懸命」な松本をチームのみんなが支えた。

2016年の末に始まった挑戦は、「企業秘密なので詳しくは言えませんが」、従来の考え方とはまったく異なる発想で完成した。季節はすでに、梅雨入りの頃になっていた。

マイクロメーター単位の闘い。

同時に進めていたもう一つの大きなミッションは、高効率化。大型の海水淡水化プラントを稼動させる消費電力は、その約半分をポンプが占める。そのため、わずか0.1%でもポンプ効率を上げると、数千万円の電力費を削減できる。ランニングコストに直結するため、顧客の要求もシビアになる。

ポンプ効率の考え方としては、80%を90%に上げていくというよりも、100%を最大値として、そこからいかに、水が流れる過程で避けられないエネルギー損失を減らすかが鍵となる。外からは見えないポンプの中を、CFD(数値流体力学)を使って水の流れを操る。流体解析の世界では、いくらでも効率のいいポンプはつくれる。しかし、あらゆるコンディションを想定して、実際の機場でそのポンプが問題なく運転できるかどうかは、別だ。軸受への負担のかかり方、シャフトのたわみ具合など、構造上の問題をクリアしなければならない。水力と構造、このベストバランスを探るのが難しい。

「コスト面を考えると、シャフトはできるだけ細くしたい。そのほうが軸受の発熱も抑えられます。しかしそうすると今度は、シャフトのたわみ量が大きくなり、クリアランスを広く取る必要がある。効率を考えると、クリアランスはできるだけ狭いほうがいい。あちらを立てれば、こちらが立たずのジレンマです」

理路整然とした語り口は、まさに頭の切れる開発者らしい。学生時代の6年間、ポンプはシンプルな技術なので正直ほとんど興味はなかった。でも、今なら思う。シンプルだからこそ奥が深く、追求すればするほど面白い。苦しいながらも、その醍醐味が分かりかけてきた時期でもあり、時間を忘れて没頭した。

顧客の要求を考えると、やはり効率は優先したい。限界までクリアランスを小さくすることにこだわり、「光をあてないと見えない」薄さまで迫っていく。そしてついに、これまで届かなかった領域に到達。マイクロメーター*単位での闘いを制した。チーム一丸となって挑戦した日々、ここに極まれり。

*1マイクロメーターは0.001mm

「松本には言うな」という上司の愛情

その他「数えきれないほどの課題とトラブル」を乗り越え、2018年4月、ついに第一号機が完成。「高速・小型化」「コストダウン」「高メンテナンス性」をはじめ、幾多もの改良を実現した新型MHHは見事に顧客ニーズに応え、サウジアラビア、シンガポール、オマーン、バーレンと立て続けに受注を勝ち取った。日本から何千キロと離れたアラビア海の海水を、暮らしを潤す真水に変える裏で、「チーム松本」が開発したポンプが今日もまわっている。

最初から最後まで松本を見守ってきた上司が、ひとつ忘れられないエピソードを明かす。松本の結婚式の前日金曜日。明日に備え、松本を早く帰した後のことだ。MHHの最終試験でトラブルが起きた。「松本には言うな」。一世一代の晴れ舞台で、仕事のことなど考えさせたくない。即座に関連部門と協力し、処置を決めた。翌日、式に出席するメンバーは晴れやかな笑顔で新郎新婦を祝い、出席しない部員たちが土日で対処した。何も知らない松本が月曜日に出勤してくると、すべては解決していた。

トリシマでは、若手にも大きな挑戦をさせる。そして、その高い壁にひるむことなく、粘り強く挑む人間は、必ずまわりが見てくれている。「新型MHH開発チーム」は、2019年8月、創業100周年特別表彰で優良従業員表彰を受けた。

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